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看護大学在学中に、放射線防護の専門である先生方から放射線に関する講義を受けたことが、放射線防護・安全に関心を持ったきっかけでした。そして、NICUに入院している新生児が何度も移動型X線撮影装置による撮影を受けていることを学部4年生の時に知り、卒業研究で「NICUにおける低出生体重児の放射線被ばく線量評価」に取り組みました。
2011年3月11日に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故の際に住民の方々の不安は、胎児や子どもへの健康影響、将来生まれてくる子や孫への遺伝性影響に関することが多く寄せられました。しかし、住民の課題に面と向かって正しく適切に対応できる助産師、看護職は限られていました。私もまた、"何もできなかった"と感じていた助産師の一人でした。次世代への遺伝影響を案じるお母さんたちの声に、放射線防護を学んだはずの自分が、納得のいく答えを返せなかったからです。その悔しさが、私の研究者としての原点です。そのため、臨床現場で働く助産師の立場から研究職へ進むことに迷いはありませんでした。放射線防護学に助産師としての「母性」の視点を合わせ研究をすることは、母子のウェルビーイング(心身の健康と幸福)に寄与し、研究者としての自分の強みにもつながると思っています。
研究者としての第一歩は、「放射線診療における看護師の役割」に関する研究から始まりました。3420人の放射線科医および診療放射線技師の方々へのアンケート調査を行いました。現在は、「助産師教育における放射線看護に関する教育について研究を進めています。胎児、妊婦や女性と接する機会が多く、性と生殖の専門職としての役割と担う助産師にとって放射線に関する知識は不可欠であると考えます。しかし、助産師教育において放射線に関する教育はほとんど行われていません。助産師教育において必要とされる知識とスキルを明らかにし、効果的な教育プログラムを開発することに取り組んでいます。
私が研究者として歩む上で、常に心の支えにしている言葉があります。それは、80歳を超えてなお現役で研究の最前線に立ち続ける、私の恩師から授かった「焦らず、諦めず、甘えず」という三つの「あ」です。生涯をかけて探究し、誠実に努力を積み重ねる恩師の姿は、私の理想とする研究者像そのものです。
私の研究は、主にアンケート調査やインタビュー調査を中心に実施しています。準備段階では、何度も検討を重ね、万全を期して調査に臨みます。しかし、いざ分析を始めてみると、予想とは全く異なる結果が出たり、もっと深く掘り下げるべき課題が見えてきたりすることがあります。「あの時、別の問いかけをしていれば......」と 自分の力不足に打ちひしがれる瞬間が、研究者として一番苦しいです。 しかし、共同研究者の助言や研究に協力してくださった参加者からの「この研究が誰かの役に立つことを願っています」との温かい期待の言葉にいつも励まされ、再度研究に取り組むことができています。
放射線、放射線影響に関する科学的なデータは、他の環境中に存在する数多くの化学物質などによる健康影響に比べて、情報が豊富であることが大きな特徴だと思います。人々の暮らしの中で、人工的な放射線利用を安心して、上手に、より有用的に活用するためには、研究が必要であると思っています。ぜひ放射線を活用した研究を、共に焦らず、諦めず、甘えず取り組みましょう。