研究者紹介 No.40

研究者紹介
更新日:2023年12月22日(所属・役職等は更新時)
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アイソトープとの出会い~学生時代について

アイソトープ・放射線の研究を始めたきっかけを教えてください

放射線に興味を持ったのは、私が学部3年生のときに起きた3・11の東京電力福島第一原子力発電所(1F)の事故をきっかけでした。正しい知識を身に着けなければ、良し悪しを判断できないと思い、大学院で、放射線を用いた研究をするために、大阪府立大学量子放射線系専攻に進学しました。当時、原子力なのか再生可能エネルギーを選択すべきかということにも関心があり、放射線と太陽電池が両方学べると思い、人工衛星の宇宙太陽電池に関する研究を進めることにしました。

研究職に進むことを決めた当時の心境を教えてください

修士課程の1回目の実験で、これまでの論文では説明出来ない放射線による半導体の劣化現象について偶然発見し、学会で発表すると賞を受賞しました。そのことがきっかけで、研究職に興味を持ちました。また同時に、その研究内容はおそらく自分が進めなければ、ニッチな内容であり、かつ実験装置的にも誰も進めることはできないと思いました。研究職として食べていくという自信は特になかったのですが、奨学金制度を活用することで、博士後期過程に進めることが分かり、目の前の研究をしたいという気持ちで進学しました。

現在の研究について

現在の研究内容、おすすめポイントを教えてください

現在、予算を獲得して進めている研究は、太陽電池を応用した放射線検出法です。非常にニッチな研究領域ですが、産業応用に近い研究を推進したいという思いから、1F廃炉用線量計や中性子がん治療であるBNCT用中性子モニター応用への可能性を検討しているうちに、大型プロジェクトへ発展しました。学生時代に放射線に進むきっかけとなった1F事故の早期収束や、がん治療の安全性の向上ができるような、世の中の役に立つ研究を進めていきたいと考えています。

研究を行う上で大事にしていること(モットー)を教えてください

最近特に意識していることは、研究には「筋道」があるということです。工学研究において意識していることは、「産業は学問の道場なり」という東北大学初代所長の本多光太郎先生の言葉です。産業においては、実用化が重要です。ただし我々研究者の立場が、実用化を主張すると、たちまち「現実的に使用できるのか」、「市場はあるのか」、「生産管理はどうするのか」という産業界からの声を聞くことになります。我々研究者が知るべきは、産業界は、現在うまくいっているそれぞれのビジネスのことしか分からないということです。そのため私は、次の産業実装可能な研究開発の筋道が何なのかを示すことが研究者に求められていることだと考えています。

あなたの好きな(縁のある)放射性同位体や元素を教えてください

放射性同位体や元素では無いのですが、低エネルギー電子線が私の好きな放射線です。私の大学院時代、大阪府立大学に数十keV〜600keVまでの電子線を材料に照射できるコッククロフトウォルトン型電子線加速器があり、私の博士論文の立役者でした。ポリ塩化ビフェニル(PCB)の問題で、2021年に解体され、現在では、国内で低エネルギー電子線を材料照射できる装置がなくなりました。いつか、大きな国家プロジェクトを立ち上げ、低エネルギー電子線で社会に役立つ研究ができればと考えています。

学生へメッセージ

アイソトープや放射線は、これまで先人たちがいくつもの研究を行い、その素性を明らかにしてきました。そして、ようやく人類の道具として使用できるようになりました。ただし、まだまだ産業利用としては、あまり市場が大きくないこともあり、研究者の人口は非常に少ない分野です。こればかりはアイソトープ協会などに所属している我々先輩研究者が頑張ることで、学生や後輩研究者が安心して参入できるフィールドを作ることが使命かと思います。


奥野 泰希(おくの やすき)
専門
宇宙用太陽電池、放射線検出、半導体デバイス
略歴
2017年4月より国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 原子力科学研究所 博士研究員となり、東北大学 金属材料研究所 助教、京都大学複合原子力科学研究所 助教を経て、2023年4月より現職に至る
HP
https://www.riken.jp/research/labs/rap/neutr_beam/index.html