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学生時代はアイソトープを使用したことが全くありませんでしたが、博士号取得後の進路を考える中でPETの有用性と、PETでの利用が期待される新しいアイソトープの可能性に興味を持ち、思い切ってこの世界に飛び込みました。最初は64Cuの製造研究に従事しました。精製した64Cu溶液を初めて乾固した時、容器の放射線量が高いにもかかわらず中に何も残っていないことを見て、化学量の少なさに本当に驚いたことを覚えています。
研究を通して社会の発展に貢献したいと考え博士課程に進学したものの、研究が進まないだけでなく、指導教官の変更や研究室内の人間関係などで悩むことも多くなり、研究者としての将来の自分に自信を失っていました。そのため、卒業後は研究職以外への就職を考えていました。しかし、前述のように当時PET用アイソトープの持つ可能性に興味を持つ機会があり、まだ若いし(当時20代後半)、最後にもう一度だけ全力で研究にチャレンジして、それでダメだったら辞めようと思い研究職に進みました。
現在は64Cuや76Br、211Atなど、ライフサイエンス分野での利用が期待されるアイソトープの製造と標識に関する研究を行っています。具体的には、サイクロトロンを使って加速したイオンビームをターゲットに照射してアイソトープを生成した後、ターゲットから分離します(製造)。そして、分離したアイソトープをそのまま、あるいは、生体分子等に結合させて標識化合物を合成した後(標識)、医学や農学などのライフサイエンス研究で利用します。その際に、いかに効率よくアイソトープを生成、分離、標識できるか、という観点で研究を行っています。研究を通じて、ピコ~フェムトモルといった超極微量でも直接検出できるアイソトープの高い感度と定量性は本当に素晴らしいと思います。また、放射性ハロゲンの場合、放射線を使ってハロゲン自身の挙動を直接追跡できる点も、他にはない面白い特徴だと思います。
家族、上司、多くの同僚、友人に励まして頂きながら、ここまで研究を続けることができました。ですので、皆さんから影響を受けています。その中で、留学時の先生であるアメリカ・ワシントン大学のD. Scott Wilbur教授から多くのことを学びました。特に、思い通りにいかない結果を報告したとき「Experiment tells something(実験は何かを教えてくれる)」と言ってくださいました。捉え方は人それぞれだと思いますが、私はその言葉を「結果はどうであれ、研究が一歩前進するための何かを教えてくれる」と前向きに捉え、あきらめず次の実験に挑戦することができました。今でも良い実験結果が出なかった時、この言葉を思い出して前向きに取り組むことができています。
これまで研究してきたアイソトープ(64Cu、76Br、211At)です。特に211Atは、地球上で最も量が少ない元素のひとつで、その性質には未知なる点が多いです。謎が多すぎて困ることもありますが、逆に言えば、研究すべきことがたくさんある点が魅力です。また、64Cuは、第1種放射線取扱主任者試験を受験したときに偶然にも壊変図が出題されました。第1種放射線取扱主任者を取得できたのは、このアイソトープのおかげです(笑)。
もともとは歴史が好きだったこともあり、古墳や城跡を訪れるのが趣味です。特に私が住む群馬県は、隠れた古墳王国で、研究所や自宅の近くにもTV番組で取り上げられるものから、名もなき小さなものまで、数多くの古墳があります(コンビニの数より多いです)。そのような古墳に家族で訪れて散歩したり、登ったり、時に石室に入ったり(!)することが、良い息抜きになっています(笑)。古墳は屋外で誰もいない(笑)ので密集の要素が非常に少ない、おすすめスポットです。また、最近はステイホームでもできる趣味を作ろうと思い、お城のペーパークラフトを始めました。
現在の研究を始める時に、アイソトープと無縁だった自分の経験を活かせることはほとんどないと考えていました。しかし、実際研究を進めていく中で、自分の想像以上に経験を活かせる場面が多くあり、結果として自身の研究の幅が大きく広がりました。また、アイソトープの製造研究に携わっていく中で、取り扱ったことのある馴染みの元素が増えていきました。その結果、イットリウムなどの多くの元素が発見されたイッテルビー村(スウェーデン)を訪れるのが将来の夢になりました(笑)。ですので、アイソトープは、研究の幅だけでなく人生の幅も広げてくれると思います。
アイソトープや放射線に関連する分野は本当に幅広いですので、今の専攻が全く関係ないように思えても自身の経験を活かせる場面が必ずあると思います。今は興味がない学生さんも是非一度アイソトープ・放射線の研究に触れてもらえると大変うれしく思います。