研究者紹介 No.13

研究者紹介
更新日:2020年11月20日(所属・役職は更新時)

アイソトープとの出会い~学生時代について

アイソトープ・放射線の研究を始めたきっかけを教えてください

放射線研究を始めたきっかけは,福島第一原発事故です。博士課程では野生齧歯類への化学物質汚染の影響について研究していましたが,学位取得と同時期に東日本大震災が起こり,放射線による生物への影響に関心が集まるようになりました。野生動物を対象とした影響評価を行なっていた経験を買われて国立環境研究所で野生齧歯類への放射線影響の研究を始めることになったのが始まりです。

研究職に進むことを決めた当時の心境を教えてください

研究室に配属された時は公務員志望で大学院の進学は全く考えていませんでした。しかし,研究を始めてみると思いのほか面白く,修士の頃になると研究を辞めたくない,手掛けている研究課題の答えを自分の手で明らかにしたいという思いが強くなってそのまま続けてしまいました。私の専門分野はあまり人の役に立たないので民間企業への就職は難しく,さらに当時は博士を量産していた時代だったので研究職は狭き門でもありました。後先考えず気持ちだけで進んでしまったので卒業後はしばらく苦労しましたが,今は幸運にも研究を続けることができています。

現在の研究について

現在の研究内容,おすすめポイントを教えてください

福島県の帰還困難区域に生息する野生生物を対象に,染色体異常やDNA変異などの生物影響,食物網を介したセシウムの動態について研究を行っています。研究を進めると,いろいろな問題が顕在化します。例えば,ノネズミのセシウム蓄積メカニズムを調べたいと考えた時,ノネズミが具体的に何を食べているかは分かっていません。この場合,メタゲノム解析という手法を使って餌生物の特定を行い,その中でノネズミの蓄積に最も寄与する餌項目を絞っていきます。このように課題を1つ1つクリアしながら目的に近づいていく部分に魅力を感じています。
また,研究は1つの専門分野では対処できないことがほとんどで,様々な分野の研究者と協力しながら進めています。多様な分野の人が集まると,自分では絶対に考え付かない視点やアイディアに気づかせてもらえます。話の内容が専門的すぎて異国の会話を聞いているような気分になる時もありますが,研究者の皆さんはご自身の研究を本当に楽しそうにお話しするのでそれを拝聴するのも面白いです。

研究を行う上で大事にしていること(モットー)を教えてください

サンプルは一期一会であることを心に刻んで研究を行っています。私の研究対象は野生動物なので,年や時期,場所によって得られるサンプルの質や量が大きく変動します。取り直しができないので,サンプリングはとにかく徹底的に行うことを目指します。特に新しい研究の開始初期は,無駄かもしれないと思いつつ細かく計測数値を取ったり,調査頻度を増やすことを心がけています。後でデータを合算したり取捨選択することは簡単ですが,分離したり追加することは難しいので,いろいろ経験を重ねるうちにこのスタイルに定着しました。

あなたの研究人生において,影響を与えた方を教えてください

動物学者の畑正憲さんと,恩師である新潟大学の関島恒夫先生です。
子供の頃に畑正憲さんをテレビで拝見して,漠然と野生動物の保護に興味を持つようになり,野生動物保全の研究室がある大学に進みました。畑正憲さんがいらっしゃらなければ,大学へ進学していなかったと思います。
大学3年後期から野生動物保全の研究室に配属となりましたが,入れ違いで保全の研究をされていた教授が退官されてしまいました。とてもショックな出来事でしたが,その後任が関島先生でした。関島先生は研究の醍醐味や生物の面白さなどを熱く語ってくださり,生物の形態や行動など全ての事象が自身の遺伝子を残すため,進化の結果であるという事実,たった1つの細胞の中で起こるドラマチックな変化に魅了されていきました。研究が楽しくなって辞められなくなってしまったのは関島先生のおかげです!また,関島先生は1つの方法に固執すること無く,研究目的に合わせて様々な手法や技術を取り入れる方でもありました。野生動物を扱う我々の研究は感染症リスクなどの理由から受け入れられないことも多いのですが,日本中の研究者に問い合わせて受け入れ可能な研究室を探し出してくださり,博士論文の完成に必要な実験を行うことができました。私が現在でも全く異なる分野の研究者ともあまり苦手意識なく連絡を取ったり研究を進めたりできているのは,学生時代の経験によるところが大きいと思います。

研究の息抜きにしていることを教えてください

「整理整頓をする」「ペットを観察する」「ジョギングをする」です。
どれも目の前の作業に没頭しつつ,なんとなく研究の段取りも考えているという環境が作り出せて,頭の中が整理できます。仕事量が多すぎて逃避したくなったり,〆切で焦っている時に重宝しています。

今後の目標,展望を教えてください

私の専門は生態学なので,やはり生態学的な観点から研究を行いたいという思いがあります。生態学とは生物と環境の相互作用を理解する学問ですが,中でもその相互作用を通して起こる生物の進化に興味があります。放射線被ばくによる染色体異常などの生理的な影響にももちろん興味がありますが,放射線に汚染されてしまった地域では生物たちがこの影響に対してどのように対応しながら生きているのか,放射線によって本来あるべき営みである進化の過程がどのように変化してしまったのかを明らかにしたいと考えています。

学生へメッセージ

アイソトープや放射線を使った研究をしている(したいと考えている)学生へ一言お願いします

福島第一原発事故のあと,放射線はネガティブなイメージしかありませんが,放射線は昔から地球上に存在していますし,医療などの分野ではなくてはならないツールとなっています。恵と災の両方の面を正しく理解してコントロールしていくことが求められています。原発事故では,低線量放射線の影響に関する情報が不足しているために現在でも多くの人々が不安を感じたまま過ごされています。この疑問に決着をつけ,成果を社会にしっかり還元していくことは研究者の大切な使命であると思って取り組んでいます。一方で,新しい発見や真実に迫っていくプロセスはどのような分野であっても研究者にとっての喜びです。学生さんには,ぜひとも一度は経験されることを願っています。


石庭 寛子(いしにわ ひろこ)
専門
動物生態学,分子生態学,毒性生態学,放射生態学
略歴
2011年新潟大学大学院自然科学研究科修了 博士(学術),新潟大学インターンシップ研究員,国立環境研究所 生物・生態系研究センター特別研究員を経て,2017年6月より現職。