研究者紹介 No.10

研究者紹介
更新日:2020年3月31日(所属・役職は更新時)
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アイソトープとの出会い~学生時代について

アイソトープ・放射線の研究を始めたきっかけを教えてください

高校時代にがんを切らずに治す放射線治療に魅力を感じ,大学では医学部保健学科放射線技術科学を専攻しました。卒業研究では,当時まだ広く知られていなかったα線放出核種の医学利用に関する研究に未知の可能性を感じ,思わず飛びつき没頭していました。その最中祖父をがんで亡くしました。医師から「祖父は高齢で持病により体質が弱く手術はできない,他に治療法もない」と告げられた時,今この治療法が臨床で使えていればと,非常に歯がゆく,悔しい思いをしました。そして,いくら研究されていても,臨床に還元され利用できなければ,患者さんを救うことはできないという事実を痛感しました。ここから,「二度と同じ悔しい思いをしたくない!自分と同じように,治療法がないと言われた患者さんやその家族に希望を与えられる臨床に還元できる研究をしたい!」という思いで,私のα線研究の道のりが始まりました。

研究職に進むことを決めた当時の心境を教えてください

私にとって博士課程へ進学=研究職に進むことでした。私は大学卒業時に診療放射線技師の国家資格を取得しました。大学の同級生の多くは病院に就職しましたが,修士課程に進学する人もいたので迷いはありませんでした。しかし,修士課程を修了した時点で周りは皆就職してしまい,どんどん強まる孤独感と,周囲は自立して立派に社会で活躍している中,未だ親の支援に頼る自分が情けなかったです。もちろん,結婚や出産などプライベートに対する不安もありました。幸いにも当時採択された博士課程教育リーディングプログラムの奨励金によって自分の生活費を賄うことができ,家族の応援と祖父の死で味わった悔しい思いが,私を研究職に進む後押しをしてくれました。技師免許を活かして病院に就職していれば,誰かの役にも立てて安定した生活も送ることができたはずです。しかし,不安定で先が見えない道でも,自分がやりたいと思ったことであれば,諦めずにもがき続ければ,何か解決策は見つかるとこの時学びました。何事もやってみなければわかりません!

現在の研究について

現在の研究内容、おすすめポイントを教えてください

標的α線治療は,抗体等を用いてα線放出核種を体内でがん患部へ特異的に輸送し,直接がんを照射する放射線治療です。α線は短飛程で,殺細胞能が高いので,正常組織へのダメージを軽減しながら,効果的に治療することができます。薬剤を投与する際に注射等による痛みを伴いますが,重篤な副作用も少なく,低侵襲で早期の社会復帰も可能です。高齢者や持病を持ち,手術や化学療法などを受けることができない,治療法のない患者さんらにとって希望となる治療法だと考えられます。
現在承認されたα線を用いた放射性薬剤は世界で一つしかありませんが,今後研究成果が臨床に還元されることで,より多くのがん患者さんがα線の恩恵を受けることができると期待しています。

研究を行う上で大事にしていること(モットー)を教えてください

「常に自分にも研究にも正直でいること」と「楽しむこと」をモットーとしています。 研究を行っていると,特に駆け出しの私にとっては,日々進んでは躓きの繰り返しで,落ち込んでしまうことも多いです。だからこそ,小さな事でも良いので楽しさを見つけて,また前に進みます。つい手を抜いてしまった時は,ひと息をついて,自分が自信をもってデータを発表できるよう,実験をやり直します。自分の研究結果がそのまま患者さんに反映されることはありませんが,万が一自分の研究によって生み出された何かが誰かを傷つけてしまうことはあってはならないと感じています。

あなたの研究人生において、影響を与えた方を教えてください

私は周りの人にすごく恵まれて,たくさんの方の助けによってここまでやって来られました。なかでも公私ともに大きな影響を与えて下さったのは,カナダUniversity of SaskatchewanのEkaterina Dadachova教授です。初めて一人で参加した国際学会のGala dinnerでDadachova教授と隣の席になり,開催地ワルシャワ出身であるキュリー夫人がお互いの尊敬する人であると話が盛り上がり,研究内容だけでなく,女性研究者として如何に仕事とプライベートを両立していくのか等,たくさんアドバイスを頂きました。コネクションも重要となる研究の世界で,人脈が広く,皆から親しまれる教授のパーソナリティからも多くを学びました。様々な困難を乗り越えて,ようやくDadachova教授のラボへの短期留学を果たした時に頂いた「Persistence pays off!(継続は力なり)」という言葉は,常に見えるところに書き出し,諦めそうになったときの支えになっています。女性として,放射線研究の世界でやっていくことは簡単ではありませんが,不可能なことではないとDadachova教授が教えてくれました。そして今,私は一人の研究者,妻,母として,日々模索しながらも,その役割をエンジョイしています。

研究の息抜きにしていることを教えてください

私の趣味はいわゆるDIY(Do it yourself)です。これといって決まった物はありません。アクセサリーや子供服など手芸から,テレビ台や本棚などの日曜大工まで,ふと思いついたものや売っているものだと少し物足りないものは,とりあえず作ってみます。黙々とミシンを掛けたり,木材を切ったりしている時は,研究よりも高い集中力を発揮することもあります。ホームセンターでいろんな素材を見ながら出るひらめきは研究にも活かせたらなと思ってしまいます。この趣味のお陰で,実験に使う器具も,自分が使いやすいようにDIYしています。

学生へメッセージ

アイソトープや放射線を使った研究をしている(したいと考えている)学生へ一言お願いします

現代の医療において,アイドトープや放射線は欠かせない存在となっています。身体の中の病巣を透視させてくれたり,手の届かない場所を治療したり,人間にはできないことを成し遂げます。もちろん,使い方を間違えれば害になることは忘れてはいけません。だからこそ,研究することで,アイソトープや放射線の良さを最大限に活かす方法を見つけ,臨床に還元することはとても有意義なことです。世界中の誰かやあなたの大切な人を救う,ほんの小さな,しかし,とても大切なワンステップとなります。


李 惠子(り けいこ)
専門
放射線生物学,放射線治療学,核医学
略歴
2017年日本学術振興会 特別研究員,2018年千葉大学大学院医学薬学府医学領域修了 博士(医学)を経て,2019年より現職