11. 中性子イメージングプレートの構造生物学への寄与  

新村信雄  

日本原子力研究所先端基礎研究センター

319-1195 茨城県那珂郡東海村  

Key Words : neutron imaging plate, structural biology, neutron diffraction   Instruments for Radiation Measurement in Biosciences (Series 3: Radioluminography), 11. Neutron Imaging Plate Contributes to StructuralBiology.NobuoNIIMURA: Advanced Science Research Center, Japan Atomic Energy Research Institute, Tokai-mura, Naka-gun, Ibaraki Pref. 319-1195, Japan.




1.は じ め に

 今回, 資料: バイオサイエンスのためのアイソトープ測定機器: 第三シリーズ, ラジオルミノグラフィの中の一つとして中性子イメージングプレート (NIP) について紹介するよう依頼があった。 NIP についてはすでに多くの解説を書いているので, 最近の成果のみを書こうとしたが, 資料としての趣旨から重要な関連記事を表の形にまとめ, 記事の簡単な紹介をすることにした。 表をご覧になり, 興味を抱かれた方はご自身で検索していただければよいと考えたが, 読者の方々の近くの図書室等で入手困難な文献はご連絡いただければこちらからコピーをお送りいたします (表 1)。 文献 1), 2) は NIP 開発直後に書いたもので, 内容に重複はあるが相補的であるので, NIPの全貌を知るのに最適であり, NIP の入門書として是非両方とも読んでいただきたい。


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表1 中性子イメージングプレート(NIP)およびNIPの中性子構造生物学への応用について書かれた解説記事等のまとめ

2.中性子イメージングプレートの構造、 生物学への寄与

 筆者らが NIP を開発した目的は構造生物学への応用で, そのことについては文献 4), 5), 6) に述べてある。 幸い, NIP は十分これに応えるものであったが, それにとどまることなく, 中性子エリアディテクタとしての NIP の応用は広い。 これについては, 文献 3) に示してある。 中性子エリアディテクタとしての NIP の特徴を説明するには, 従来の中性子エリアディテクタとの性能の比較が最適であるので, 文献 6) にも載せたが, 比較表をここにもう一度示しておく (表 2 )


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表 2 最適 NIP と従来の PSD の性能比較

  NIP は積分型中性子検出器で, 輝尽性蛍光量を測定することで中性子数を見積もる方式であり, 従来のガス封入型比例計数管二次元位置敏感検出器 (PSD: position sensitive detector) と較べると中性子検出プロセスが複雑であり, それに応じ, 熱中性子検出器として最適な条件検索も厄介である。 筆者らは, NIP の中性子検出プロセスを素過程から実験的, 理論的に考察し, 最適条件を見いだすことができた。 これについては, 現在論文にまとめて書いている最中であるが, そのエッセンスを文献 3) に紹介しておいた。 結果的に, Gd を中性子コンバータにしたものでは, 波長 1Åの中性子では輝尽性蛍光体と中性子コンバータの組成モル比が 1: 1 で厚みが 0.2 mm の NIP が80%の中性子検出効率で 1 中性子捕獲による放出輝尽性蛍光量が最大になることが決定された。 最適 NIP の性能を従来の PSD と比較したのが表 2 である。 表に示すように, NIP は PSD に較べ, 検出効率は従来どおりであるが, 位置分解能, 直線性, 一様性が大変優れており, また可塑性に富み有感面積を大きく取ることができるため, 円筒形にして試料を取り囲むように NIP を配置することで, NIP が試料を見込む立体角を10倍以上上げることが可能になった。 これで, データ収集速度も PSD によるより10倍以上向上し, 生体物質中性子構造解析実験が現実的になった。 このようにして解かれた蛋白質の構造の例が文献 4), 5), 6) に述べてある。

3.中性子イメージングプレートを装備 した中性子回折計

  中性子構造生物学を可能にした, NIP を装備した中性子回折計は現在世界に 4 台ある8)-11)。

 3・1 LADI8)

 フランスのラウエ・ランジュバン研究所にある準ラウエ法による回折装置である。 筆者らは, この装置を用いて, ニワトリ卵白リゾチームの水素および水和構造を明らかにした。 これについては, 表 1 の 4) および 5) にも記してある。

 3・2 BIX-Ⅱ9)

 日本原子力研究所ガイドホールの T 2-3ビーム孔に設置した単色中性子を用いた中性子回折計である。 表 3 にその性能を示す。 BIX-Ⅲ に較べ, 試料位置での中性子強度が約 1/10 程度であるので, 単結晶構造生物学に応用するのにはデータ収集に時間がかかり過ぎる。

 3・3 BIX-LAUE10)

 日本原子力研究所ガイドホール C2-3 ビーム孔でテスト実験を行った準ラウエ法による回折装置である。 図 1 にこの装置で得られたニワトリ卵白リゾチームのラウエ回折パターンを示す。


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図 1 BIX-LAUEで得られたニワトリ卵白リゾチーム単結晶

(結晶サイズ: 3 mm×3 mm×2 mm) のラウエ回折パターン

照射時間:6 時間

  3・4 BIX-Ⅲ11)

 日本原子力研究所 1G-A ビーム孔に設置した単色中性子を用いた中性子回折計である。 図 2 に装置の概念図を示す。 試料の周囲を円筒状 (半径 20cm, 高さ 45cm) にNIP が覆い, NIP のデータ読取りは, NIP の下方への移動とレーザー光の水平面内回転を組み合わせて行われる。 表 3 にその性能を示す。 3・5 で述べる step scan 方式で, 世界トップの性能を有する装置である。 rubredoxin 単結晶からの 0.2 nm 分解能の構造解析用のデータを約 2 週間で収集することができた。 図 3 に rubredoxin 単結晶からのこの装置で得られた回折パターンを示す。  


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図 2 BIX-Ⅲ の装置の概念図


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図 3 BIX-Ⅲ で得られた rubredoxin 単結晶

結晶サイズ: 2 mm×2 mm×1 mm の結晶静止回折パターン。

照射時間: 1 時間

 

 

 3・5 ラウエ法と単色中性子回折法の比較12)

 ラウエ法は広い波長領域 (Λ) の白色中性子を試料に照射し, ブラッグ条件を満足する波長 (その波長の広がりを Δλとする。) の中性子が反射される。 全中性子のΔλ/Λ がブラッグ反射に寄与し, 残りはバックグラウンドへの寄与になる。 また, 単色中性子回折法では結晶を一定角度 (Θ) 回転振動させる方式がとられる。 そして, ブラッグ条件を満足する結晶のある回転位置 (その回転角度の広がりをΔθ とする。) で中性子が反射される。 ここでもまた, 全中性子のΔθ/Θがブラッグ反射に寄与し, 残りはバックグラウンドへの寄与になる。 どちらの場合もこのため, S/N 比 (signal to noise ratio) は悪くなる。

 単色中性子回折法で S/N 比を落とさずにブラッグ反射を収集する方式がある。 結晶を静止させた状態で測定し, 結晶のモザイク広がり程度 (約0.3度) 回転させたのち再び結晶を静止させ, 測定する方式 (step scan 方式) である。 これによれば, ブラッグ条件を満足している状態でのみの signal を測定することができるので, 不必要なバックグラウンドを取り込まないですませられる。 BIX-Ⅱ, BIX-Ⅲ はそのような測定法を採用している。

 3・6 γ 線遮蔽

 NIP を使いこなす上での最大の難敵がγ線である。 通常の比例計数管では中性子とγ線では出力信号の大きさが異なることを利用して弁別するので見掛け上γ線不感とみなされている。 NIP は積分型であるためこのような手法は採用できない。 そこで, NIP の γ線特性を測定し, 有効な γ線遮蔽方式を探ることにした13)。 図 4 に測定して得られた NIP のγ線エネルギー特性を示す。 300 keV 以下のエネルギーのγ 線の NIP に対する感度は中性子の約 1/2, 300 keV 以上では 1/20 に減少する。 厚さ約 1 mm の鉛を NIP の前に置くと, 中性子の透過度はほぼ100%であるのに対し 300 keV 以下のエネルギーの γ線はほとんど透過しないので, これで前面からのかなりの γ線遮蔽となる。 一方, 装置全体を約 4 cm の鉛で覆うことで 300 keV 以上のエネルギーのγ線の効果を 1/10 に減少できることも確かめられた。 3・4 に述べた BIX-Ⅲ はこの手法を採用し, 炉室内での NIP の使用を現実化させた最初の例である。


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図 4 NIP の γ線エネルギー特性

 

4.お わ り に

 NIP は現在富士写真フイルム㈱から商品名 BAS-NDIP として市販されている。 使い方は通常の IP とまったく同様である。 ここでは中性子構造生物学への寄与に絞って話を進めてきたが, NIP のもう一つの大きな需要が中性子ラジオグラフィである。 ここではまったく触れなかったが, これに関しては小林や松林らの解説14),15) 等を読んで欲しい。

 中性子検出器としての NIP は決して完成されたものではない。 NIP が抱える問題点については, 表 1 に示したすべての文献のあとがきに書いてあり, すべて今後の問題である。

 NIP が構造生物学にまったく新しい 1 頁を加えたことは明確な事実であり, NIP の性能からして, 他の分野への応用もそのような可能性を秘めていると筆者は考えている。 どのように使いこなすかが本質であり, 一日も早い他分野への新しい応用・実用化が待たれる 。

文  献

1) 新村信雄: 原子力工業, 41, (6) 54-61 (1995)
2) 新村信雄: Radioisotopes, 44, 449-458 (1995)
3) 新村信雄: 同上, 45, 813-819 (1996)
4) 新村信雄: 同上, 45, 221-222 (1996)
5) 新村信雄: Isotope News, 7 月号, 2-5 (1998)
6) 新村信雄: 応用物理学会誌 67, 689-690 (1998)
7) 新村信雄: 日本結晶学会誌,40, 355-356 (1998)
8) Wilson, C. and Lehmann, M. S.: Nucl. In-strum. Meth., A310, 411-415 (1991)
9) Fujiwara, S., Karasawa, Y., Tanaka, I. Mine-zaki, Y., Yonezawa, Y., and Niimura, N.: Physica, B241-243, 207-209 (1998)
10) 森合 敦, 大友昭敏, 峯崎善章, 新村信雄: 発表予定
11) Tanaka, I. et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 70, supplA. 459-461, (2001)
12) Niimura, N.: Curr. Opi. Struct. Biol., 9, 602-608, (1999)
13) Haga, Y., Kumazawa, S. and Niimura, N.: J. Appl. Cryst., 32, 878-882, (1999)
14) Kobayashi, H. et al.: Nucl. Instr. Meth., A424, 221-228 (1999)
15) 松林政仁,新村信雄:非破壊検査,47,(5),312- 314 (1998)