4. 装置の面均一性と測定値の直線性のバリデーション

長塚 伸一郎
第一化学薬品(株)東海研究所

319-1182茨城県那珂郡東海村村松2117

Key Words: radioluminography, homogeneity, linearity, reproducibility, data variance, validation, imaging plate, bioimaging analyzer

†Instruments for Radiation Measurement in Biosciences: Series 3. Radioluminography. 4. Validation of Homogeneity and Linearity of Radioluminographic Measurement. Shin-ichiro NAGATSUKA: Tokai Research Laboratories, Daiichi Pure Chemicals, Co.,Ltd.,2117, Muramatsu, Tokai-mura, Ibaraki Pref. 319-1182, Japan



はじめに

 ラジオルミノグラフィ(RLG)法を利用している研究者の情報交換を目的としてRLG研究会が1991年に設立された。この研究会の初めての分科会活動としてRLG装置の「面均一性および直線性と再現性」に関するバリデーション共同研究(以下共同研究)が1996年10月から開始され,1998年4月に最終報告書を採択して終了した。参加した機関は30にのほったが,そのほとんどは製薬企業であり,GLPとの関係で製薬企業においてはRLG法のバリデーションに関心が深いことがうかがわれる。共同研究の結果については論文として投稿されるので,ここでは概要を紹介するにとどめ,主としてバリデーションの方法について共同研究で用いられた方法を含めて解説したい。

1.装置の面均一性について

 RLG法はイメージングプレート(IP)をセンサーとし,読取り機であるバイオイメージングアナライザ(BA)において,レーザー照射によりIP上の画素(ピクセル)から輝尽蛍光(photostimulated luminescence, PSL)を発生させ,これをスキャンして放射能強度を順次デジタル化する二次元の放射線計測法である。したがってIPの有効面積において放射能強度に対するPSLの応答性が均一であることが,定量的解析を保証する上で何よりも重要である。均一な放射能面線源を露出した場合にPSLの応答性に影響する要因としては

A) IPの部分的劣化,汚染,キズあるいは反りなとIPに起因するもの。

B) BAの読取り機構(ライトガイドなど)の調整不良に起因するもの。

C) カセットの汚染や遮蔽の不均一など環境放射能に起因するもの。

D) ピクセル当たりの放射線到達量が少ない場合の統計的変動。

が挙げられる。これらに起因するPSL値の変動が許容される範囲にあることを定期的に検証する必要がある。

 この検証を行うためには,まず均一な放射能濃度の面線源が必要である。共同研究で使用した面線源はドイツRaytest社のポリメチルメタクリレート製線源である[14C] radioluminography standard (20×40cm, 厚さ0.2mm, 放射能3.26MBq)であり,表面線量の不均一性は1%未満とのことであった。この線源はBAの読取りを一般的な条件(ラチチュード4,センシティビティ10000)で行った場合,約3時間の露出でPSLがフルスケールの75%程度(約400PSL/mm2)となる。しかしながら,かなり大きいサイズの薄いプラスチックであるため割れやすく取扱いに注意を要すること,高価(約70万円)であることが欠点である。

 面線源の自作例もある1)。大きめのX線フィルムを適当な濃度の放射性物質を含む溶液に浸してから乾燥する。この周辺部は濃度が不均一となるので中央部から適当な大きさの部分を切り出し,ルミラー膜などで被って面線源とする。どの程度の均一性が得られるのかは作製法によるであろうが,こうした方法によれば比較的安価に,希望する核種の,あるいは放射能濃度の異なる面線源を調製することができる。

 面線源の均一性をどのようにして確認するかという間題があるが,これには一般的にこうすれはよいという方法がないのが現状である。X線フィルムに露出し黒化度をデンシトメータで測定するという方法は,分解能や精度がたがいに異なる手法であるため完全であるとは言い難い。クロマトスキャナで確認するのは有効であろうが,面線源の大きさがスキャナのサイズに限定されてしまう。共同研究の開始前においては,富士写真フイルムの標準の保守点検方法(X線を均一に照射したIPを読み取った後に測定値の歪みを調整する)に基ついて調整した BAと複数枚の新品のIPを用いてraytest製の面線源の露出,読取りを行い,均一性を確認した。これについては異なる施設のBAにおいても検証されているため,共同研究で使用したロットの面線源については一応表面線量は均一であると考えられる。結局のところは均一であると考えられる面線源で検証したBAを用いて,新しい面線源の均一性を確認するのが最も容易であろう。

 次に読み取った画像データの処理であるが,画像の周辺部はカセットによる遮蔽の程度が異なることやレーザーの照射が反転する部分であることなどから,もともと不均一であることが知られており,処理の対象から除外する必要がある。こうした周辺部を除いた画像の中央部分にマトリックス状に関心領域(region of interest, ROI)を設定しPSLを測定する必要があるが,標準のソフトでは不可能ではないものの,自由に設定することが難しい。BAStationにおいてはマトリックス状のROI(最も細かい設定で26行x52列)を設定することが可能であるが,周辺部の幅やマトリックス全体のサイズを設定できないため,各ROIのサイズを同一にすることは至難の技である。Sun View版のワークステーションではマトリックス状のROIを設定できないばかりか,一度に100個以上のROIを設定することもできないため,実際には細かいROIの検討をすることはできない。また,マトリックスの分割数,つまりROIのサイズをどのように設定するかということも問題である。分割サイズを小さくすれば測定値の統計的変動による均一性への影響が強くなる。また,サイズを大きくしすぎると汚染などの影響を捉えることができなくなる。どの程度の分割数でどの程度の均一性があればよいのかという点については,各施設での測定対象によっても変わるため一概にこれと言うことが難しい。そのためBAの機種や読取り条件,IPの種類にかかわらず,自由なROIサイズのマトリックスで検討を行うことができるソフトの供給が望まれる2)。

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図1 面一様性の検討におけるROIの設定

 

 共同研究においては画像データのサイズ(20.48×40.96cm)の周囲8 mmを除いた中央部に図1に示したマトリックス状のROIを設定し,必要なデータを自動的に収集するソフトを参加した機関に配付して検討を行った。ROIのサイズはl.2 cm四方でありIPの長辺に沿って16行,短辺に沿って32列の計512個である。このROIサイズは通常のTLC解析における大きめのスポットのサイズに相当する。収集したデータは以下のとおりである。

A) 対象領域内全ピクセルのPSLの平均値と標準偏差。

B) 16行の各行内ピクセルのPSLの平均値と標準偏差。

C) 32列の各列内ピクセルのPSLの平均値と標準偏差。

D) 512個のROIのPSL値の平均とCV,最大.最小および度数分布。

 IPに対して面線源を3時間露出してからただちにラチチュード4,センシティビティ10000ピクセルサイズ200μm,グラデーション1024階調で画像の読取りを行った(順方向の読取り)。また,同じ条件での露出を行いIPの上下左右を反転して,つまりIPを180°回転させて読取りを行った(逆方向の読取り)。逆方向の読取りにおいては順方向の読取りにおける行と列の位置関係が反転することになる。したがって行もしくは列方向の不均一性が見られた場合,正方向と逆方向の読取りでそれが反転する場合には,原因はIPの部分的応答性の差(劣化,キズなど)あるいは放射能(面線源もしくは環境放射能)の不均一によるものと考えられる。また,行もしくは列方向の不均一性が正方向と逆方向の読取りで同一の場合には,原因はBAの読取り機構によるものと考えられる。ただし,IPの反りによってIP表面と光学的検出系の距離が微妙に変化し,読取りの本均一が起こる可能性もある。この場合には正方向と逆方向の読取りで不均一性が反転すると想定されるが,その原因としては,IP自体が極端に反っていることも考えられるし,BAのプレート搬送系の不具合により微妙な反りを修正できていない可能性も考えられる。

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表1 面一様性の検討結果概要

各施設の16行方向の変動と偏差,32列方向の変動と偏差および512個のROIの変動と偏差そしてCVを示した。

 共同研究の結果の概要を表1に示した。共同研究における面均一性の検討の参加機関は14施設であり,G1からG3の三つのグループに分かれ,各グループでは同じ面線源と富士写真フィイルムより供給を受けた3枚の新品のIPを回送して使用した。IP3枚の施設内での差異はほとんど見られなかったため,表には3枚の結果の平均値を示した。表中の偏差とはPSLの平均値と最大値あるいは最小値との差のうち大きい方の値を示している。 PSL応答性がほほ均一(偏差がすべて5%未満)であると考えられる施設は6施設にすぎなかった。これらの施設では行あるいは列方向の偏差は3%未満,512個のROIの偏差は5%未満,512個のROIの読取り値のCVは2%未満であり,読取りの正方向と逆方向との差はほとんど見られなかった。

 行方向,すなわち図1においてIPの上側部分から下側部分への方向において5%以上の偏差が見られたのは5施設であった(代表的な例を図2bに示した(図2aは著者の都合によりホームページ掲載の際に削除いたしました))。また,列方向,すなわち図1においてIPの左側部分がら右側部分への方向において5%以上の偏差が見られたのは1施設であった(図2cに示した)。これらの行あるいは列方向の不均一性は値が徐々に上昇あるいは下降するという系統的な変動であった。また,行方向の変動が見られた施設においては,読取り方向を逆にしても不均一性は反転しなかった。しかし,列方向の変動が見られた施設では,読取り方向を逆にすると不均一性が反転した。これらの施設においては512個のROIの偏差は8%以上,512個のROIの読取り値のCVは3%以上であった。

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図2 16方向および32列方向での読取り値の均一性

上段に16行方向,下段に32列方向の読敢りの相対値を正方向および逆方向についてそれぞれ示した

2bでは行方向の不均一性が見られ,逆方向の読取りでも不均一性は反転しない。

2cでは列方向の不均一性が見られ,逆方向の読取りで不均一性が反転した。

 

 

 また,行あるいは列方向に5%以上の偏差は見られなかったが,512個のROIの偏差が5%以上であった施設が2施設あった。これらの施設においては512個のROIの読取り値のCVは2%台であった。

 行方向での不均一性が見られた5施設のうちの3施設と列方向に不均一性の見られた1施設の計4施設において,先に述べた富士写真フィルムにおける標準の保守点検法によりBAの調整を行った後,ただちに再検討を行ったところ,不均一性はまったく消失した。したがって行あるいは列方向におけるPSL応答性の系統的な不均一は読取り機の不具合によるものであり,BAの調整により均一性は保証されると考えられる。これらの結果からBAについては適当な面線源を使用した均一性の検討を定期的に行う必要があり,各施設においてはその手法を確立しSOP(標準操作手順書)を作成することが望ましいと思われる。

 しかし,これらの結果は面線源を用いてPSL値がフルスケール(0.4から4000PSL/ mm2)の約75%飽和となった状態で得られたものであることに注意しなけれはならない。PSL値のデジタル化は対数となっているため,ラチチュード4,センシティビティ10000の条件においては,フルスケールの25%飽和レベルは4.0PSL/mm2,50%飽和レベルは40PSL/mm2,75%飽和レベルは400PSL/mm2にそれぞれ相当する。400PSL/mm2程度の比較的高いPSLレベルにおいては不均一性の要因として,読取り機の不具合,水による蛍光体の応答性の劣化あるいはかなり高いレヘルのIPの汚染しか検出することができない。たとえば検討した露出時間でIPに1PSL/mm2を与える汚染があったとしても全体のレベルか400PSL/mm2であるならば0.25%の変動にしかならず,汚染を確認することは不可能である。水による蛍光体の劣化や高レベルの汚染は通常の使用においても簡単に確認できるから,面線源を使った均一性の検討は読取り機の状態の確認のためと言ってよいと思われる。読取り機の均一性の程度はPSLのレベルとROIのサイズにより変動する。したがって読取り機の状態が良好であると判断できる基準は施設ごとに設定すべきであるが,今回の共同研究での結果(全体が約400PSL/m m2の状態で約1cm2のマトリックス状のROIを設定した場合,行あるいは列方向の偏差は3%未満.全ROIの偏差は5%未満,全ROIのCVは2%未満)は一つの目安になるものと考えられる。

 一方,IPあるいはカセットの低レベルの汚染や環境放射能の影響など,低いPSLレベルでの不均一性はどのように検証するべきであろうか。このような低いPSLレベルにおいては,ピクセル当たりの到達放射線量が少なく統計的な変動が大きくなるため,PSL値の変動はROIのサイズによる影響を大きく受けることになる。共同研究においては面線源を使用せず,バックグラウンドで24時間露出した場合についても検討を行った。しかしシールドボックスを用いて遮蔽を行った施設,鉛あるいは真鍮板で遮蔽を行った施設あるいは遮蔽をしなかった施設が混在したため,全領域の平均PSL値は14施設各3枚のIPにおいて0.33から3.62PSL/mm2の範囲でばらついてしまい,単純な比較は不可能となった。面線源を使用しなかった場合,行および列力向の偏差については面線源を使用した場合にほぼ比例する結果が得られた。すなわち面線源を使用した検討で偏差が5%未満であった施設では面線源なしでの偏差は9%未溝であり.面線源を使用した検討で偏差が5%以上であった施設では面線源なしでの偏差は9%以上であった。しかし,512個のROIの偏差はPSLに反比例する傾向が見られ,全領域の平均値が1PSL/mm2以上の場合には偏差は18%未満であったが,全領域の平均値が0.5から1PSL/mm2の場合には偏差は12.4から27.8%,全領域の平均値が0.5PSL/mm2未満の場合には偏差は16.3から80.5%の範囲であった。

 ラチチュード4,センシティビティ10000,グラデーション1024階調の条件においてはPSL値の分解レベルは0から1023までの1024階調であり階調がl023の場合は3964PSL/mm2,768の場含は400PSL/mm2,512の場合は40PSL/mm2,256の場合は4PSL/mm2,1の場合は0.404PSL/ mm2となる。対数で分割しているので本来階調0の場合には0.4PSL/mm2となるはずであるが,階調が0の場合にはすべて0PSL/ mm2として扱われる。すなわち0.404PSL/mm2以下のデータはすべて0とみなされてしまう。したがって全体の平均値が0.4 PSL/mm2であった場合,ROI内のピクセル値は本来0.4以下の値を持つものの切り捨てられて0となってしまっているものがほとんとであり,宇宙線など環境放射能の当たった一部の比較的高いPSLのピクセルのデータと平均されて0.4PSL/ mm2となっている。こうした低いPSLレベルにおいては統計的変動が大きく,ROIサイズが小さいほどたまたま高いPSLレベルのピクセルが多くなってしまうことがある。0.4PSL/mm2程度の汚染による影響は偏差としては約100%になってしまう。ところが全体の平均値が3 PSL/mm2程度あれば0.4PSL/mm2程度の汚染の影響は偏差としては13%程度にしかならない。

 このように低いPSLレベルにおいては,どの程度の偏差とCVであれば均一であるとみなせるかの判断が難しい。TLCの定量において,バッククラウンドの取り方によりサイズが小さくPSL値の低いスポットの値が大きく変動するという経験をされた方は多いと思う。信頼できるバッククラウンド値を得るためには汚染のない部分をできるだけ大きく囲って領域を設定する必要があるが,位置によっては遮蔽の程度の差などによる微妙な環境放射能の違いの影響を受けることがある。微妙な環境放射能の差異によるバックグラウンドの変動を補正する方法としてはIPを重ね合わせて使用するという方法が提唱されており3),きわめて低レベルのPSL値の定量を行う上では有効であると思われる。また,この方法で捕正することにより,かなり低レベルのIPの汚染を把握することが可能になると考えられる。しかし,測定用のIPとバックグラウンド用のIPを別々に読み取った後,測定用IPの画像データ中のROIと同じ部分をバックグラウンド用IPの画像データに設定しなければならず,こうした操作はソフト的に自動で行われるようになっていなければ実用的であるとは言い難い。

 RLG法による測定値の精度はPSLのレベルとROIのサイズにより変動するため,こうした低レベルでの均一性の検討は,施設ごとのバックグラウンドレベルと,試験で対象となるROIのサイズとを考慮して,施設ごとに行う必要がある。したがって面線源を便用する必要はないと思われるが,汚染がないと考えられる新しいIPを使用して,面線源なしで通常使用するいくつかの露出時間で露出を行い,施設ごとのバックグラウンドに対応するPSLレベルと,それに対するROIのサイズの影響を把握しなけれは,均一性判定の墓準を設定することはできないだろう。

2.測定値の直線性について

 RLG法はPSL応答値の直線性がすぐれており,また,ダイナミックレンジが広いことが特徴である。RLG法により定量を行う場合には,放射能濃度の異なるいくつかの標準試料を用いて放射能濃度とPSL値との回帰直線を求め,これに未知試料のPSL値を外挿して放射能濃度を求めるのが普通である。バックグラウンドを差し引いたPSL値は原点を通る直線となることを仮定して,PSL値の相対比を用いて定量を行うこともあるが,これも放射能濃度とPSL値との間には直線関係が成り立つという前提に基づいている。では放射能濃度とPSLの直線関係はとのようにして求めればよいのだろうか。そんなことは最小二乗法で求めればよい,方法はどんな統計の教科書にも載っている,と言われる方が多いかもしれないが,実際はなかなか難しい。最小二乗法を用いて直線に回帰を行うためには以下の条件が前提となっている。

1) 測定値の誤差 には偏りがない。すなわち である。ここで   は実測値 ,は真の値,  は誤差の期待値を表す。

2) 測定値の誤差の分散  は既知である。

3) 測定値は互いに独立であり,共分散は である。

4) 誤差の分布形は正規分布である。

5) 真の値  を与える直線関係  となるパラメータAとBが存在する。

 以上の前提のもとでのパラメーターAとBの尤度を最大にする最小二乗条件は

となる。すなわち,直線回帰を行うためには.放射能濃度  とPSL値  に加えて各放射能濃度におけるPSL値の分散,あるいはその逆数に一定の係数をかけたweightが必要となる。どんな統計の教科書にも載っている最小二乗条件は各測定値の分散は全部等しい(そんなことが本当にあり得るのだろうか?)と仮定した場合の式,

であって,つまりweightをかけない場合の最小二乗条件である。こうした条件を分散の異なる広い値領域(ダイナミックレンジ)に適用すると低濃度領域の分散が小さい測定値は高濃度領域の分散が大きい測定値に引きずられて,まったく異常な値を与えることとなる。

 異なる放射能濃度の標準試料を用いてPSL値を測定した場合,各濃度におけるPSL測定値の分散はどのようにして求めれはよいのであろうか。また,分散を求めweightをかけた回帰を行ってパラメータを求めた後,直線性が成り立っていると判定するための基準はどうすればよいのか。また,得られた回帰直線を用いて未知試料の定量を行う場合,その定量可能範囲をどのように設定すれはよいのだろうか。こうした問題を考慮すると,たかが直線回帰といってもなかなか難しいことに気付く。

PSL測定値の分散を求める(実際には推定する)ためには以下の方法が考えられる。

i) 一枚のIPにおいて各濃度の標準試料を複数用意して,複数の測定データから実際にPSLの分散を計算する。

ii) 複数枚のIPにlセットずつ標準試料を置き,各IPごとの標準試料の値からPSLの分散を計算する。

iii) 標準試料の部分のPSL値は複数のピクセル値の平均値であるから,ピクセル値の標準誤差から平均値の分散を計算する。

iv) RLG法の測定値の誤差はPSL値のレベルとROIのサイズにより決まるから,これらの相互関係をさまざまな条件で検討して分散もしくはweightを推定する。

 i)の方法では同じ標準試料を何セットもIPごとに置かなければならない。また,1枚のIPに3セット程度の標準試料を置いたところで正確な分散を求めることはできず推定にしかならない。したがって,実用的な方法とは言い難い。ii)の方法では1枚のIPに1セットの標準試料を置けばよい。しかし.複数のIPからのデータ(同じ日に求められたものとは限らない)を用いて分散を推定するのであれば,データのIP間でのあるいは同一IP内での日間の再現性の確認が不可欠である。再現性が十分であるならば,その再現性試験の結果から分散の推定値を計算し,以後はその値を使用すればよい。また,これをうまく検討したならば,IPごとに標準試料を置く必要もなくなるかもしれない。iii)の方法は実用的な方法であるが,現在のところBAの標準のソフトでピクセル値の分散を出力する機能はない。したかってソフトを自作できなければ使用できない。iv)の方法はピクセル値の分散を計算できるソフトを用いて,多くの施護でPSL測定値の再現性を検討し,分散もしくは適正なweightの推定法を確立しようとするものであり,共同研究の主眼となったものである。結論からいうと,同じサイズのROIの場合PSL値の分散はPSL値にほぼ比例する。したがってweightとしてはPSL値の逆数を用いればよい。

直線性が成り立っていると判定するための基準としては,回帰適合度を計算するのが普通であろう。これは各測定値 と対応する理論値  との差の二乗和(残余平方和)を各測定値  と測定値の平均値  の差の二乗和(総平方和)で割って1から引いたもので、

で表されるこの方法の利点は回帰式がどんな関数であろうとも,どのようにweightをかけていても計算可能であるということである。統計学的に厳密に言えばこのパラメータは回帰式への適舎度のずれと各濃度レベルでの測定値の誤差の成分からなっているのであるが,実用上はこのパラメータを回帰適合度とみなすことが多い。この値がツーナイン(0.99)以上であれば直線性を満たしていると判定するケースが多いと思われるが,実際には判定基準は測定誤差に応じて変動する性格のものである。

 回帰直線を用いた定量において定量可能範囲を設定する方法についてはいろいろな方法があるが,いずれの方法を採用するかは施設ごとで判断すべきであろう。一般的には以下のような方法が用いられる。

a) いくつかの既知濃度の外部標準試料をそれぞれ3から5個ずつ用意し,各濃度の測定値の精度(precision, CVを使用する)あるいは確度(accuracy rate, AR) 4)を計算し,一定の基準を満たす範囲内を定量可能範囲とする。

b) 標準試料の実際の濃度と回帰式を用いて計算される理論的濃度からARを計算し,一定の基準を満たす範囲内を定量可能範囲とする。

c) 標準試料のPSL値の分散の推定値から誤差の伝播則によって分散共分散行列を求め,まず回帰パラメータの分散と相関係数を計算する。これから誤差の伝播則によって回帰直線上の各濃度の分散を求め,一定の基準を満たす範囲内を定量可能範囲とする。

d) 未知試料およびバックグラウンドのPSL測定値の分散が推定できるのであればそれぞれの値から,差の分布を求め有意なレベルを定量限界とする。

a)の方法はHPLCの分野ではよく用いられるが,RLGにおいては外部標準試料を置くことが難しい場合(全身ARGなと)が多く,また余分な試料を多数測定しなければならないため実用的ではないと思われる。b)の方法は実用的である。しかし,標準試料の最低濃度のものが基準からはずれ,その次に高い濃度のものから基準を満たしている場合,定量下限は2番目に高い濃度ということになってしまい,最低濃度と2番目に高い濃度との間のどこに実際に定量限界があるかはわからない。したがって不必要に定量下限が高くなってしまい,本来測定可能な試料が測定不能となってしまう危険性がある。c)の方法では厳密な定量下限と上限が得られる。回帰直線の上下にカーブ状の誤差範囲が表示されている図を御覧になったことがあると思うが,最近の統計ソフトはそうした機能を標準で備えているものが多い。ただし,市販の統計ソフトにおいては,データの各点(濃度レベル)の分散の推定値に基づいて計算を行っているのではなく,データの各点の分散の期待される平均値を用いてweightをかけないで計算している場合がほとんどである。測定データ各点の分散の平均値は統計学的には、

であると期待される。mはパラメータの数で直線回帰の場合には2である。各点の分散がすべてこの値であるとして計算を行っているので厳密には正確ではないが,実用的にはこうした方法で定量可能範囲を設定することもあって構わないだろう。d)の方法は定量下限しか設定できないが,回帰式とは無関係に設定できるため,回帰直線を使用せずPSLの相対比を用いて定量を行う場合にも適用可能である。以上のことからRLG法(に限るわけではないが)によるデータの直線性を検討するに当たっては,測定データであるPSL値の再現性や精度が大切な意味を持つことが理解されると思う。

 こうした点を考慮して,共固研究においてはデータの直線性,再現性および精度の検討を行った。標準試料にはイギリスAmersham社のポリメチルメタクリレート製線源である[14C]Autoradiography Standard (2×2cm, 厚さ1 mm, 放射能濃度0から27.3kBqの10段階で1セット)を使用した。この標準試料を12セット用意し2セットずつを1枚の台紙に貼り付けた。2枚の台紙(標準線源は4セット)と富士写真フィルムより供給を受けた新品のIP3枚を1組として,3組の標準試料およびIPを準備し,参加15施設を三つのグループに分けて,それぞれのグループでl組ずつを順次回送して検討を行った。各施設においては使用中のIP3枚についても検討をお願いした。露出時間は2時問および20時間とし,画像の読取り条件は,ラチチュード4,センシティビティ10000, ピクセルサイズ200 μm,グラデーション1024階調であった。

 データの収集は画像イメージ上で標準試料の部分(2×2cmの領域をピクセルサイズ200 μで読み取っているので100x100ピクセルとなる)を検出し,必要なデータを自動的に収集するソフトを作成し,参加機関に配付することにより行った。このソフトによって,標準試料の領域の中央部に81×81ピクセルのROIを投定し,まず全ピクセルのPSLの平均値とピクセル値の標準偏差を求めた。このPSLの平均値は直線回帰のために,標準偏差はピクセル値の分散を求めるために収集したものである。次に 81×81ピクセルのROI内に領域が重複しないようにして,4x4ピクセル,8x8ピクセルおよび16×16ピクセルの小さいROIを25個設定し,小ROIのPSL値25個の平均と標準偏差を求めた。このデータはPSL測定値の精度とROIのサイズとの関係を求めるために収集したものである。

 直線性と再現性の検討は,同一IP内に4セットの標準試料を置いた場合(IP内再現, n=4),一つのIPに2セットの標準試料を6回繰り返して同じ場所に露出した場合(同一IP内日間再現性,n=6x2)および回送した新品のIP3枚と各施設で使用中のIP3枚の異なる6枚のIPに2セットの標準試料を露出した場合(IP間再現性,回送した標準IPについてn=3x2,各施設のI`Pについてはn=3x2)について行った。直線性にっいてはr2を計算して検証し,また,各回帰において回帰式より求めた濃度の理論値と実際の放射能濃度を用いて各濃度レベルにおけるAR(%)を理論値/実際の濃度×100によって計算した。

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図3 全側定データのピクセル値の標準偏差とPSL平均値の関係(n=3696)

まず,全測定値の81×81=6561ピクセルの値の標準偏差とPSL平均値の関係を露出2時間と20時問(n=3696)のそれぞれについて調べたところ,両者の間には両対数で直線で表される関係が認められ(図3),施設や検討内容による差はほとんど見られなかった。露出2時間のデータの低PSLの領域においては直線の上側にばらつきによる点が見られたが,これは測定値がバックグラウントに近いことによる変動である。このピクセル値の標準偏差を母集団の標準偏差であるとすると,この領域内からROIを取った場合のPSL値の標準偏差は母集団の標準偏差をピクセル数の平方根で割った,いわゆる標準誤差(standard error of the mean, SEM)となる。これを二乗した値がPSL値の分散の推定値となる。したがってPSL値の分散はピクセルの数に反比例する。この場合はすべてのROIでピクセル数が同じなので,ここで得られたピクセル値の標準偏差はPSL値の標準偏差に比例した値となる。露出2時間と20時間のデータから得られたPSL値とそのピクセル値の標準偏差との関係は,

露出2時間において

露出20時間において

と表されることがわかった。露出時間が長い方が若干大きいピクセル値の標準偏差を与えるが,いずれにせよピクセル値の標準偏差はPSL値のほほ0.5乗に比例すると考えられる。分散は標準偏差の二乗であるのでPSL測定値の分散はPSL値にほぼ比例すると言える。結論としてPSL値の分散はPSL値をピクセル数で割った値に比例することになる。したがって,直線回帰を行う場合には標準試料の部分のROIのサイズをすべて等しくし,weightとしてPSL値の逆数を用いればよいことがわかる。

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図4 PSL測定値の精度とPSL値およびROIサイズの関係(各ROIサイズでn=336)

 次に81×81ピクセルの領域から重複する部分がないようにして4×4,8×8および16×16のサイズのROIをそれぞれ25個設定し,25個の平均PSL値とそのCVとの関係を調べた。全施設の結果をそれぞれ露出2時間と20時間(各サイズについてn=336)についてプロットすると,どちらの場合にも平均PSL値とCVとの間には両対数で直線関係が認められた(図4)。この直線関係には施設や検討内容による差はほとんど見られなかった。これはPSL測定値の精度はPSLの絶対値とROIのサイズにより決まることを示しており,先の検討結果の結論である「PSL値の分散はPSL値をピクセル数で割った値に比例する」ということを別の形で示したものである。つまりPSL測定値の分散はPSL値そのものとROIのサイズから推定可能であり,先にあげた分散の推定方法iv)および定量限界の設定方法d)も可能であることになる。各施設ごとの平均PSL値とCVとの関係からCVが10%あるいは20%になるPSLのレベルをROIサイズごとに計算したところ,施設による差はほとんどなかった(表2)。また,測定値のCVが10あるいは20%になると推定されるPSLのレベルとROIのサイズとの間にも両対数で直線で表される関係が認められた。こうした関係から推定されるPSL値の精度は露出時間が短い方が高かった。これは短時間で一定のPSLに達した場合の方が統計的変動が小さいことを示していると考えられる。「PSL値の分散はPSL値をピクセル数で割った値に比例する」ことが確認されたが,その比例定数は施設による差がほとんどないものの,露出時間に依存するようである。共同研究の結果から推定された比例定数は露出2時間の場合1.52,露出20時間の場合は1.91であった。RLG法による測定を露出時間2時間で行ってPSL値(PSL/mm2)を求めたとき,その分散の推定値は,1.52×PSL/ピクセル数 となる。表2に示したように露出時間2時間でCVが10%になると推定されるPSLレベルは16ピクセルの場合7.1656, 64ピクセルの場合2.3325,256ピクセルの場合0.6585であった。各PSLレベルから分散の推定値を計算しCVを求めると,それぞれ11.5, 10.1, および9.5%となりほとんど10%と一致する。

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表2 各施設におけるCV 10%および20%を与えるPSLレべル

 PSL測定値の直線性と再現性は,おおまかに言ってきわめて良好であった。直線性を示すr2はいずれにおいても0.99以上であり,weightをかけた場合には直線の傾きやy切片の再現性は高く,ARも低濃度まで良好であり再現性は高かった。特に同一IPでの目間再現性はきわめて高かった。この共同研究で用いた標準試料の濃度範囲は2桁にわたる範囲であったが,その範囲内ではRLG法の測定値の直線性と再現性はきわめて良好であると言える。いくつか気付いた点をあげると,回帰式に基づいて得られた定量値には施設による差はほとんど見られないが,個々の標準試料について測定されるPSL値のレベルには大きな違いがあったこと,また,新品のIPと施設で使用中のIPにはPSL応答性に差が見られたということである。

 施設におけるPSL値のレベルの差は,ある濃度の標準試料について測定されるPSLの値が最も大きい施設では最も小さい施設の約1.5倍ほどとなった。これはレーザーの劣化や施設における電源安定性を反映したものであると考えられる。PSLの測定においては光電子増倍管による増幅を行っているため電源電圧に微妙な変動や低下かあると感度が低下する。BAの初期型であるBA100の当時は設置の際に専用の安定化電源を使うことが推奨されていた。最近の一般電源はかなり安定であるが,一つのラインからいろいろな機器に電源を供給しているラインにはRLG機器を接続しない方が賢明であろう。PSL応答値が小さいということは,それだけ測定値の精度が落ちることを意味する。

 また,新品のIPと施設で使用中のIPにPSL応答性に差が見られたのはIPのロットに よる感度の差であると考えられる。ある施設では数年前に購入してから一度も使用していないIPを施設IPとして使用したが,そのIPの応答性も新品のIPと比較して数%低かった。したがって使用回数に応じてレーザー照射により蛍光体層が徐々に劣化し,感度が低下するということは考えにくい。メーカーの説明でもIPの感度には若干のロット差があるとのことであった。したがって,ロットの異なる,すなわち購入時期が異なるIP間においては,PSL応答性の再現性は乏しいものと考えられる。

おわりに

 以上が共同研究結果の概要であり,本稿が施設ごとでの面均一性あるいは直線性,再現性およびデータの精度のバリデーソョンの参考になれば幸いである。この場を借りて共同研究の幹事としてさまざまな助力をいただいた日本原子力研究所の柴部先生,三共分析代謝研究所の中島先生,根本特殊化学の立石先生,大塚製薬工場の上田先生, 富士写真フイルムの森先生に,また,共同研究の準備のため多大な労力をいただいた三共分析代謝研究所の河合先生,富士写真フイルムの五月女,袴田両氏に感謝したい。共同研究に参加いただいた施設は以下のとおりであるが,それぞれの代表者の方々にも感謝したい。

富士写真フィルム㈱,日本原子力研究所,日本化薬㈱,三共㈱,中外製薬㈱,興和㈱,帝人㈱,㈱帝人バイオラボラトリーズ,三菱化学㈱,㈱生体科学研究所,エスエス製薬㈱,根本特殊化学㈱,工一ザイ㈱,日本バイエルアグロケム㈱,第一化学薬品㈱,大正製薬㈱,田辺製薬㈱,協和発酵工業㈱,旭化成㈱,藤沢薬品工業㈱,武田薬品工業㈱,鐘紡㈱,住友化学工業㈱,塩野義製薬㈱.大日本製薬㈱,㈱ミドリ十字,日本新薬㈱,日本べ一リンガーインゲルハイム㈱,大塚製薬㈱,大塚製薬㈱工場。


文献および注
1) Shibabe, S. et al. 第9回RLG研究会
2) BAの機種,IPの種類や読取り条件にかかわらず,1から20mmの範囲で自由なサイズのマトリックス状ROIを周囲1cmを除いた範囲内に設定し,均一性の検討を行うソフトを準備している。適合機種はSUNワークステーションであり,RLG研究会において希望者に配付することを検討している。
3) Baba,S.:第15回RLG研究会
4) ARの計算方法には計算値/理論値(×100%)を使用する場合とは別に(理論値計算値)/理論値(×100%)を使用するケースも多い。ただし,前者の期待値は100%であるが,後者の期待値は0%であるため,後者の方法ではARのCVを計算できない。