10. イメージングプレートによる極微量放射能分布の測定
 
森 千鶴夫
 
愛知工業大学電気工学科
470-0392 愛知県豊田市八草町八千草 1247
 
Key Words :
Imaging Plate (IP), extremely low-level radioactivity, radioactivity distribution, radiation shielding, natural radioactivity, radiation measurement

Instruments for Radiation Measurement in Biosciences (Series 3: Radioluminography), 10. Measurement of Extremely Low-level Radioactivity Distributions with Imaging Plate. Chizuo MORI: Aichi Institute of Technology, 1247, Yachigusa, Yagusa-cho, Toyota-shi, Aichi Pref. 470-0392, Japan.

1. はじめに

イメージングプレート (IP) は通常のX線フィルムの千倍にも及ぶ高い感度を有する1)ので, 必要な放射線画像を得るための放射線線量が少なくてすむ。 本稿では, この高い感度を持つ IP を極微量放射能分布測定に利用する場合について述べる。

まず, このような利用において検討しなければならない IP の特性に関して述べる。 一般に, 測定対象物が持つ放射線強度が, 環境の放射線強度とあまり変わらない場合には, 当然のことながら環境の放射線強度を少なくするための遮蔽箱が必要であり, 露出時間が長くなるために, 露出中における潜像の減衰を考慮しなければならない。 また, 測定対象物の放射能強度が極微量であっても, その分布がやや点状で局所的な場合と, やや一様な広がりを持つ場合では遮蔽箱の必要性が異なる。

次に, 極微量の点状の局所的な放射能汚染の検出について述べる。 この場合には, 汚染放射能の総量はきわめて微量で通常の放射線検出器では検出がほとんど不可能であっても, IP を用いれば可能で, しかも遮蔽箱なしで検出することが一般的には可能である。

最後に, 自然の物品, たとえば野菜, 肉などの食品, 木の葉など植物, ガラス, 陶磁器などの身の回りの物品,および鉛などに含まれている自然放射能の分布像の測定について述べ, 合わせてシリコンフォトダイオードによるα線の測定との比較について述べる。

2. 極微量放射能分布測定に関係したイメージングプレートの特性

2.1. 極微量放射能試料からの放射線の検出の可能性

図 1 に富士写真フイルムのカタログ2)に記載された特性を示す。 この特性図から, IP は C-14 からのβ線の強度として 0.3dpm/mm**2 の線源を 18 時間露出すれば検出し得る輝尽性発光 (PSL) 強度が得られることがわかる。 壊変率の半分のβ線が IP に入射するとして, これを 1cm**2 当たりに換算すれば,

 (0.3dpm/mm**2)×60分×18時間 =1.6×10**4β線/cm**2     ( 1 ) 

のβ線を入射させれば検出できることになる。

C-14 のβ線の最大エネルギーは 155keV で, その飛程は約 30mg/cm**2 である。 これは IP の輝尽性発光体の厚さに換算すればほぼ 100μm となる。 このβ線の平均エネルギーは 50keV なので, 単位面積当たりのエネルギー付与は次の計算で与えられる。

 50keV×1.6×10**4β線/cm**2
  =8×10**5keV/cm**2     ( 2 ) 

一方, 野菜などに含まれる主な放射性同位元素である K-40 の含有量は 0.02 - 0.1Bq/g であることがおおむねわかっている3)。 放出されるβ線の最大エネルギーは 1.33MeV である。 このβ線の平均エネルギーは約 440keV で, その飛程は 0.17g/cm**2 である。 図 2 に示すように, この平均エネルギーに対応した飛程に等しい表面からの深さ以内に含まれる K-40 からのβ線が, 野菜等の試料から放出されるものとすれば,β線の単位面積当たり, 単位時間当たりの放出数 nβは次の計算で求められる。

 nβ=(0.34 - 1.7)×10**-1個/cm**2s     ( 3 ) 

したがって厚さ 150μm の輝尽性発光体に対するエネルギー付与は次のように求められる。

(dE/dx) x nβ = (0.26 - 1.3)keV/cm**2 x s     (4)

検出するのに必要な露出時間は式( 2 ), ( 4 )から, 7.2 - 36 日が得られる。 すなわちカリウムの含有率が少ない場合には 1 か月以上の露出時間を必要とする。

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図 1 イメージングプレートとX線フィルムの特性の比較2)

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図 2 試料表面からのβ線放出の模式的な様子

 

2.2. 遮蔽箱の必要性

上述してきたように, 食物などを含む環境物質のきわめて微量の放射能の分布の測定などを行うには, 1 週間から 1 か月にわたる露出時間が必要である。 このような長時間の露出においては, バックグラウンド放射線による潜像の蓄積が問題となり, バックグラウンド放射線の遮蔽を必要とする。 このための簡単な計算をしてみる。 K-40β線の単位面積当たりのエネルギー付与は前節において求めたので, 輝尽性発光体の厚さ 150μm, 密度約 3 を考慮して単位時間当たりの吸収線量は次のように求められる。

  

(5)

一方, バックグラウンド放射線の単位時間当たりの吸収線量は, 年間約 1mSv であることを考慮して次のように計算される。

 1mSv/y=3.2×10**-11J/kgs     ( 6 )

以上, 式( 5 ), ( 6 )の比較から, バックグラウンド放射線を 1 桁以上低減する必要があると言える。

この目的のための遮蔽箱として, 低バックグラウンド用の測定装置として作られた既製の箱を使用した。 厚さ 20cm の鉄の箱であるが, その中に鉛ブロックで厚さ 5cm の小さな箱を作りその内面をアクリル樹脂で覆った。 この箱の中の放射線強度を IP で測定した。

図 3 に, 内面のアクリル樹脂の厚さと IP の BG 強度との関係を示す4)。 鉄と鉛によって BG は約 1/7 に減少し, 厚さ 2mm のアクリル樹脂によってさらに 12 に減少している。 アクリル樹脂による減少は Bi-210 からのβ線 (1.17MeV) が吸収されるためと思われる。 鉛 10cm の遮蔽箱の内面をカドミウムと銅で内張りし, さらにその内面を数 mm のアクリル樹脂で覆った遮蔽箱は BG 放射線を約 1/20 に減衰させる。 しかしこのような値は放射線強度を IP で観測した場合であって, 遮蔽箱の中で試料からのγ線をγ線検出器で測定する場合などとは異なる。 すなわち遮蔽箱の設計は使用目的によって大いに異なると言える。

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図 3 遮蔽箱内張りのアクリル樹脂の厚さと IP で測定したバックグラウンド放射線の減衰

 

2.3. 潜像の減衰

IP に蓄えられた潜像が, 読取り時間までに減衰することに関しては多くの報告がある5)。 しかし, いま問題とするような 1 か月にも及ぶ長時間の露出期間内における像の減衰に関する実験的報告はない。 そこで, 図 4 に示すように, 27日間にわたる退行の様子を, 異なる RI 線源で得られた潜像に対して観測した。 横軸は潜像形成後の経過日数であるが, グラフ上での日数ゼロは正確には潜像形成後 5 時間経過している。 したがって, 露出後 5 時間後の PSL 強度 PSL(5) に対する相対値として示している。 退行の原因としては, F センターなどの形で捕捉された潜像としての電子が熱的に励起され, あるいはトンネル効果で, 潜像としてのホールと結合して潜像が消失する場合や, 潜像としてのホール以外の深いエネルギー準位のシンクに捕捉される場合などが考えられる。 前者の場合には PSL 強度は基本的には露出後の経過時間 t に関してΣai(bit+1)**-2 の関数で表され, 後者の場合にはΣaiexp(-bit) の多項式の関数で表される。 ここで, ai, bi は i 番目の項の定数である。 仮に前者と仮定すれば, 27日間にわたる退行を示す図 4 の実験値にフィッティングして次式を得る。 この結果を実線で示す。

PSL(t)/PSL(5)=a/(bt+1)**2 + (1-a)/(ct+1)**2 = R(t)a   (7)

また, 後者と仮定すれば図 4 に点線で示すようにフィッティングした次式を得る。

PSL(t)/PSL(5) = 0.48x exp(-0.32 x t) + 0.52 x exp(-0.0385 x t) = R(t)b     (8)

露出後の経過時間が27日程度ではどちらのフィッテイングでもあまり変わらない。 しかし, もし経過時間を図 5 に示すように仮に 150 日にするとすれば, 両者の式の結果はまったく異なる。 いずれがより正しいかを知るためには, より長期にわたって, 潜像の減衰を調べる必要がある。

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図 4 放射線によって作られた潜像の減衰

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図 5 潜像の減衰のフィッティング曲線を長期間延長した様子

 

2.4. 長時間露出

長時間の露出時間を T とすれば, 最終的に蓄積される潜像の読取り強度の相対値 I(T) は式( 8 )を露出時間 T にわたって積分することにより次式で表される。

 

ただし,a=0.48, b=0.32, c=0.0385, tは時間(h)である。

式( 9 )の結果を図 6 に示す。 30日間の露出における PSL 強度に対して, 倍の60日間露出しても 33% しか増加しない。 したがって約 1 か月以上の露出はあまり意味がないことがわかる。 なお, 図中の直線は潜像の減衰がなかった場合の例で, 減衰がいかに I(T)を小さくするかがわかる。

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図 6 長時間露出における潜像の蓄積
読取り回数(回)

2.5. 放射性核種の弁別の可能性

放射性核種を推定する最も簡単な方法は, 試料と検出器との間にいろいろな厚さの吸収体を挿入して, 吸収曲線を求めることである。 しかしきわめて低いレベルの放射能強度を測定する場合にはいかに IP が高感度であると言っても数日程度の露出を必要とするため, 吸収曲線を得るには数回の露出が必要である。 このため, かなり長期間が必要となる。 したがって, 1 回の露出で核種あるいは放射線種を推定するいろいろな方法が考案されている。

IP を多数枚重ねて, 未知試料と放射能強度既知のいろいろな種類の標準線源に対して一度に露出し, 1 枚目の IP の PSL 強度に対する 2 枚目, 3 枚目の IP の PSL 強度の比を, 比較することによって, 未知試料の核種とその放射能強度の推定がほぼ可能である6)。 この方法は露出は一度でよいので便利であるが, C-14 や Pm-147 のように低いエネルギーのβ線は一枚目の IP で完全に吸収されるため, 核種の弁別は困難である。

このような場合にも適用できる方法として, 1 枚の IP を多数回繰り返して読み出し, 核種を推定する方法を考案した6)。 放射線によって作られた潜像はレーザービームによって読み出されたあと, 蛍光灯の光を照射して残像を消去し, IP を再使用する。 この残像の割合は放射線の種類やエネルギーによって異なるのではないかと考え, 残像を消去せずに何回も繰り返して読み出し, 1 回目に読み取った強度に対する比を求めた。 結果を図 7 に示す。 核種や放射線のエネルギーによって曲線が異なるため, これらの弁別が可能である。

このほか, 異なった波長のレーザービームで読み出し,得られたPSL強度の比から弁別する方法7),像を読み取り,その残像を消去したあとに浮き出てくる像の強度から弁別する方法8), などが考案され, それぞれ良好な結果を得ている。

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図 7 繰返し読取りにおける PSL 強度の変化の線種依存性



3. 極微量の局所的な点状放射能分布の測定

一般に極微量の放射能分布を IP で観察する場合に次の二通りが考えられる。

1 放射能の絶対量は極微量ではあるがその分布が局所的で, 占める面積がきわめて小さいため, 単位面積当たりの強度はその周辺に比べてかなり大きい場合,

2 単位面積ないし単位体積当たりの放射能強度が極微量で, 比較的一様な分布をしている場合,

である。

1の例としてホットラボラトリーにおけるスポット状の RI 汚染や御影石などに含まれる点状の黒雲母のウランなどがある。 このような場合には, 一様な強度分布を持つバックグラウンド放射線の遮蔽に特に気をつけなくても, これらの点状の分布を測定することが可能である。 これは全放射能は弱くても単位面積当たりの強度があまり小さくないことと, IP の高い位置分解能 (~100μm) によっている。

ホットラボラトリーにおけるスリッパ裏面の RI 汚染においては, 極微量放射能汚染の分布がきわめて明瞭に撮影できるとともに, イメージングプレートを 2 枚重ねて標準線源と同時に露出することや, 一度読み出した後の残像を数回繰り返して読み出しその強度の変化をみる, などの工夫をすれば, 核種の同定が可能である。 通常の汚染検査器では汚染はまったくないと判定されるスリッパの裏面を遮蔽箱を用いないで, 24 時間露出した場合の分布像を図 8(上)に示す。 この像は, IP を 2 枚重ねて同時に露出した場合の, スリッパ裏面に近い 1 枚目の像で, 図の左上には校正用の放射能強度既知の標準線源として, 左から Co-60, Am-241, C-14, Cs-137, Sr-90Y-90, Pm-147 を同時に露出した像がある。 右下には, 汚染点の一点を拡大した像を示す。 図 8(下)には, 2 枚目の IP の像を示す。 PSL 強度は 1 枚目よりも小さい。 また, 校正用の標準線源のうち透過性の弱い放射線を出す核種, C-14 および Pm-147 の像は見られない。 これは, これらの核種から放出されるエネルギーの低いβ線は 1 枚目の IP で完全に吸収され, 2 枚目の IP に到達しないからである。 このようにして, 1 枚目と 2 枚目の強度の比を求めることにより容易にスリッパに付着した核種の推定が可能となる。 また, 2.5 で述べたように, 1 枚目の像を繰り返し読み取り, 得られた PSL 強度の比を求めることによっても核種の同定が可能である。 この二つの方法により, 注目した汚染点は Sr-90Y-90 であり, その広がりは約 1mm**2 で, 放射能強度は 5×10**-3Bq のきわめて微量であることを定量した。 このような極微量放射能レベルは通常の検出器では実質的に検出不可能であるため, 汚染なしとして, 実験者はピペット操作なども万全であると考えることになる。 しかし実際は微量の汚染をさせている場合があり, 非密封の RI のハンドリングの仕方などの再検討に役立つと思われる。

図 9 に御影石に含まれる放射能の分布の様子を示す。 図では明瞭ではないが, K-40 からのβ線によるやや強い分布した像の中に, 強い点状の像がある。 図 8 と同様の手法により, 線放出核種であることがわかる。

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図 8 スリッパの裏面の極微量放射能汚染に対する IP の 2 枚重ね露出
上 : 1 枚目の IP 像, 下 : 2 枚目の IP 像

 

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図 9 御影石(左)に含まれる放射能の分布像(右)

4. 極微量自然放射能分布測定

極微量の放射能でその分布がかなり一様な場合には, どうしてもバックグラウンド放射線の遮蔽が必要である。 周辺のバックグラウンド放射線の強度を小さくしない限り, 野菜などの通常の材料中にほぼ一様に含まれている弱い放射能強度の分布像を浮かび上がらせることはできない。

4.1. 野菜など生体に含まれる自然放射能分布の測定

生体にはカリウムが存在し, これが神経における信号伝達に必須の役割を果たしていることは細胞学の分野でよく知られている。 半減期12億年の K-40 がカリウム中に 0.0119% 存在し, 89.3% の割合で最大エネルギー 1.3MeV のβ線を放出する。

野菜などの生体中の自然放射能分布像を撮影する場合には, 露出が 2 週間や30日間のように長期にわたるので, その間の腐敗, 水分の滲出, 変形などに対する対策が必要である。 IP 面の保護のために基本的には, 試料をサランラップで包むようにする。 腐敗対策としては, 試料を不揮発性の消毒液ないし防腐剤に浸す。

図 10 に遮箱の中で24日間露出して得られた豚肉, バナナ, ショウガにおける放射能分布像を示す。 豚肉の蛋白質の部分, バナナの皮の部分, ショウガの芽の部分などに K-40 は比較的多く含まれている。 豚肉の脂肪の部分にはほとんど含まれていない。 C-14 の寄与はほとんどない。

このような生体における自然放射能分布の像の例証を多く集めれば, K-40 からのβ線によるカリウムの分布のマクロ像が得られ, 生体機能学などの分野においても有用な情報を提供する可能性があると思われる。 少なくとも一般市民の方々に自身の身体の中にさえ自然放射性物質が存在することを理解していただくには有用な像である。 図 11 にはゲルマニウム半導体検出器でフッ化カリウムを放射能の基準物質として測定した各試料に含まれる放射能強度を示す。

木の葉の葉脈の部分の放射能強度分布像は高田ら9) によって初めて測定された。 ここでは, これにならって 2.2 で述べた遮蔽箱の中で木の葉を30日間露出して得られた像を図 12 に示す。 葉脈の部分は厚いこともあって, K-40 からのβ線の像がくっきりと観察される。

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図 10 豚肉, バナナ, ショウガの放射能分布像

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図 11 Ge 半導体検出器で測定した各試料中の放射能強度

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図 12 木の葉に含まれる放射能の分布像

 

4.2. 身の回り品の放射能分布

ガラスにも比較的多くの放射能が含まれている場合がある。 図 13 は眼鏡を遮蔽箱の中で 9 日間露出した場合の像である。 ガラスの種類によって異なり, 筆者使用の老眼鏡には比較的多く含まれていて, ゲルマニウム γ線検出器で測定したところほとんどは K-40 で, 他は微量の Bi-214 であった。 この放射線によって眼が受ける放射線線量はバックグラウンドの 2 倍程度である。 自然放射線強度は日本の国内でも平均値の 2 倍程度の場所は多くあり, また外国では 10 倍以上の場所もあることを考慮すれば, この程度の放射線強度は問題にならない。 もちろん, 放射線障害防止法に基づく線量当量に比べればきわめて微量である。

女性の身辺装飾品にはガラス製品や陶磁器製品があり, 意外と放射能が含まれている。 図 14 にはこれらの例を示す。 ガラス製品でも種類によって多く含むものと, ほとんど含まないものとがある。 手帳型の電子計算機などのガラスの部分やハンダ付けの部分には多い。 陶磁器のブローチなどに含まれる放射能はX線フィルムでも測定できる10)。 しかし IP は露出時間が短いことと, 疑似カラー表示, 強調表示などが容易にできるのできわめて便利である。

このような身の回りの自然放射能分布の測定像は, 一般の人々に自然放射能の理解を促すのに有効であるため, 多くの放射線関係の団体や講演者に利用されている。

カリウム化合物やコンブには K-40 が多く含まれているので, これらの像は遮蔽箱なしで比較的短時間で像が得られる。 またこれらを線源としていわゆるラジオグラフィを行うことができる11)。 中学生や高校生の科学クラブなどで行う実験などに向いているかと思われる。

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図 13 眼鏡の放射能分布像

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図 14 女性の身辺装飾品などの放射能分布像


5. 遮蔽箱を必要としない陶磁器類などの放射能分布像

5.1. 陶磁器やガラス製品の放射能分布

陶磁器やガラス製品によっては, それらの中に含まれる自然放射能が少なくないため, 遮蔽箱を必要とせず, 通常の室内での露出で像が十分得られる場合がある。 図 15 にいろいろな種類の志野焼きの湯飲みを約 1 週間, 室内で露出した場合の像を示す。 顔料の種類によって含有される酸化ウランや酸化トリウムの放射能強度が異なることを示している。



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図 15 志野焼きの湯飲みの放射能分布像

 

5.2. 鉛板, 鉛ブロック

放射線の遮蔽に用いる鉛板の放射能分布像を遮蔽箱なしで約 1 週間露出して得た結果を図 16 に示す12)。 厚さ 1mm の鉛板にはかなりの放射能を示す板とそれほどでもない板とがあることがわかった。 鉛にはウラン系列の Pb-210 (半減期22年) が含まれ, Bi-210 にβ壊変した後, 最大エネルギー 1.17MeV のβ線を放出して Po-210 に壊変し, これが 5.298MeV のα線を放出する。 したがって, 鉛板試料を光を遮断するための黒い袋を通じて IP に露出するのではなく, 袋の中に入れて直接 IP の上において露出すればα線の影響を観察することができる。 鉛と IP との間に数 μm のいろいろな厚さのマイラー膜を挟んで露出すれば,α線の吸収の様子がわかる。 明らかにα線が像を形成していることがわかった。

シリコンフォトダイオード (SiPD) は本来は光電変換素子として開発されたものであるが, 空乏層が薄く, エネルギーの高いγ線の影響を受けにくいため, 低エネルギーのX線やβ線, あるいはα線の測定に用いられる。

図 16 の鉛板試料を SiPD 検出器表面から約 1.5mm の距離に置いて得られたパルス波高分布を図 17 の に示す。 縦軸は対数目盛である。 この場合の検出器表面には保護膜として 3μm のマイラー膜を張ってある。 このパルス波高の最大値は, に示す RaDEF の標準線源からのパルス波高の最大値と一致することから, 鉛からのα線は 210Po からのα線であることがわかった。 (b)の縦軸は線形目盛である。

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図 16 異なる鉛板に含まれる放射能の分布像

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図 17 シリコンフォトダイオードで測定した鉛板, RaDEF 標準線源, からのα線パルス波高分布

 

6. まとめ

IP の高い感度を利用して, 極微量の自然放射能分布の測定の可能性について, IP の感度と自然放射能強度に関する既知の試料をもとに検討した。 野菜など生体に含まれる放射能強度分布の測定には環境自然放射線強度を 1 桁以上減衰させるための重遮蔽箱が必要であり, 露出も 1 か月間程度の長時間必要であることを示した。 このような長時間の露出においては, 放射線によって作られた潜像の減衰を考慮しなければならず, 約 1 か月以上の露出はこの減衰のためにあまり意味がないことがわかった。

遮蔽箱を用いた例として, 野菜, 木の葉などの生体や眼鏡などを含む身の回り品の放射能分布像を示した。

放射能強度は極微量であっても, 点状のきわめて局所的な放射能分布の場合や, 陶磁器, ガラスなどの中には比較的放射能強度が弱くないものがあるがこのような場合には, 必ずしも遮蔽箱は必要でない。 鉛板に含まれる放射能分布像も遮蔽箱なしで得られた。 この場合の放射性核種は RaDEF であり, 像を作る主たる放射線は Po-210 からのα線であることをシリコンフォトダイオードによるパルス波高分布測定によって示した。

野菜や食肉中にも自然の放射性物質が存在することを直接目で見える形で示したが, これらの像は一般の人々に自然放射性物質の存在を理解してもらうのに有用である。

微量放射能分布の測定などへの IP の利用は, 今後いろいろな像の取得を進めることにより, 生体における生理学的研究にも利用できるようになると思われる。 特に保健物理関係では微量放射線を問題とする場合が多いので, この分野での今後の利用が考えられる。 また, ここでは述べなかったが, IP の発光特性はかなり複雑であり, 十分な解明がなされていない。 この複雑さを使った新しい応用も考えられる。

本稿に掲載したイメージ像のうち, 講演, 教育等に使用を望まれる方は, ご一報下さい。 カラーの像をお送りすることができます。

謝辞

本稿の執筆の機会を与えていただいたアイソトープトレーサ研究用機器専門委員会委員長栗原紀夫先生に感謝します。



文献

1) 宮原諄二: 固体物理, 21, (3), 172 (1986)
2) 富士写真フイルムパンフレット: FUJI Xバイオイメージアナライザー
3) 日本原子力文化振興財団編: "「原子力」 図面集", p. 122 (1998年改訂版)
4) 小井土伸吾: 名古屋大学大学院工学研究科原子核工学専攻修士論文 (1996)
5) 中村昭一, 稲部勝幸: 第 35 回理工学における同位元素研究発表会要旨集, p. 134 (1998); Suzuki, T., Mori, C. et al.: J. Nucl. Sci. Technol., 34, 461 (1997); 雨宮慶幸: 応用物理, 62, 724 (1993); Oikawa, T., Shindo, D. and Hiraga, K.: J. Electron Microsc., 43, 402 (1993); Lakshmanan, A. R. and Rajan, K. G.: Rad. Prot. Dosim., 55, 247 (1994)
6) Mori, C., Matsumura, A. et al.: Nucl. Instrum. Meth., A339, 278 (1994)
7) 藤 健太郎, 阿部 健, 他: 第 35 回理工学における同位元素研究発表会要旨集, p. 60 (1998)
8) 阿部 健, 藤 健太郎, 他: 第 36 回理工学における同位元素研究発表会要旨集, p. 119 (1999)
9) 高田 茂, 谷崎良之: 第 35 回理工学における同位元素研究発表会要旨集, p. 133 (1998)
10) 古田悦子: Radioisotopes, 43, 142 (1994)
11) 鈴木智博: イメージングプレートの発光特性と応用, 名古屋大学大学院工学研究科学位論文 (1998)
12) 鷲見哲雄, 森 千鶴夫, 他: 第 36 回理工学における同位元素研究発表会要旨集, p. 118 (1999)