ビキニ事件回想

ビキニ事件(第五福竜丸事故)

 1954年3月1日(現地時間では同年2月28日)、北太平洋の赤道域にあるビキニ諸島でアメリカ軍が実施した水爆実験により、実験場から160km東で操業中だった第五福竜丸がフォールアウト(放射性降下物)により被ばくした事件。事件から半年後、放射線被ばくが原因で乗務員1名が死亡した。
 この事件を契機に原水爆の禁止を求める運動が世界に広まった。

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第五福竜丸

Isotope News タイトル

掲載号 タイトル ページ数
1984年
3月
【特集】 ビキニ事件から30年

山県 登、田島英三、中沢道明、加藤地三、西脇 安、塩川孝信、筧 弘毅、三宅泰雄、 熊取敏之、三好和夫、宮川 正、木羽敏泰、長沢佳熊、浦久保五郎、大田正次、渡辺博信、佐野博敏、村野賢哉、杉浦吉雄、河端俊治、岡野真治、後藤栄一郎、大塚 巌、池田長生、本田雅徤、檜山義夫、森脇大五郎、中村政雄

25ページ
1985年
2月-3月
【TRACER】

ビキニ事件の追想と今後の放射線安全問題 (1)(2)
Merril Eisenbud (翻訳 安本 正、山県 登)

11ページ
1986年
3月
【TRACER】

ビキニ環礁を訪ねて―核実験後27年目の報告―
菊地 文誠

4ページ

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